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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1283号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月一二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び第二、三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文第一項と同旨の判決を求め、なお、控訴人の請求が認容されて仮執行の宣言が付される場合には、控訴人が認容額全額の担保を立てることを条件とするよう求めた。

二  当事者双方の主張

(控訴人の請求原因)

1  控訴人は原判決添付物件目録六ないし二六記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の所有者であるが、昭和五三年七月一二日、被控訴人の委託により、兵庫県信用保証協会(以下「保証協会」という。)に対し、本件不動産について被控訴人が同協会に対し保証委託取引によって負担する一切の債務を被担保債務とし、極度額を三六〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、その旨の登記を了えた。

2  被控訴人は右被担保債務が弁済期にあるのにその支払を怠ったため、保証協会は本件根抵当権に基づき神戸地方裁判所社支部に債権元本二六一五万一二二五円及び金三三〇八万五四六四円に対する昭和五六年七月一五日以降完済に至るまで年一四・六パーセントの割合による損害金の支払を求めて本件不動産の競売を申立て(同庁昭和五八年(ケ)第一二号)、昭和五八年三月三〇日に競売開始決定がなされた。

3  よって、控訴人は被控訴人に対し、民法第四六〇条第二号に基づく事前求償権の行使として、本件根抵当権の被担保債権の内金七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年四月一二日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被控訴人の答弁)

1  請求原因1のうち、控訴人による本件根抵当権の設定が被控訴人の委託によるものであること否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

(被控訴人の主張)

1  控訴人が保証協会に対し本件根抵当権の設定をしたのは、保証協会の保証の下に被控訴人名義で金融機関から借り受けた金員を控訴人及び被控訴人が共同で使用する目的から自らのためにしたもので、被控訴人から委託されてしたものではない。

すなわち、被控訴人は金川組の名で小野市において土木建築業を営んでいたが、昭和五三年五月ころ、取引先であった誠和建設株式会社の専務取締役の地位にあった控訴人から、「もっと大々的に事業をすべきだ。自分はその方面に口のきく市会議員を知っている。大きな仕事がとれるから会社をつくって一緒にやろう。」と誘われて繰り返し共同事業の懇請をされたため、被控訴人もやむなくこれを承諾し、控訴人及び被控訴人はそれぞれ一〇〇〇万円ずつ拠出しあって協友建設株式会社(以下「協友建設」という。)を設立することとなった。そこで、控訴人及び被控訴人は、事業者として長年の実績を有する被控訴人が借主となって、保証協会の保証を得て金融機関から右資金を借入することとし、保証協会に対し控訴人所有の本件不動産と被控訴人所有の小野市北丘町字浄土寺山四〇一番地宅地九九八・二五平方メートルとを共同抵当とする本件根抵当権を設定した。なお、被控訴人は二〇〇〇万円でなく三〇〇〇万円を金融機関から借入しているが、これは、金融機関の指導で、被控訴人が先に被控訴人所有の右宅地購入資金として借入していた一〇〇〇万円と右新規借入分二〇〇〇万円とを一本化したためであった。

従って、形式的には被控訴人が本件根抵当権の被担保債務である借入金三〇〇〇万円全額の借主となって、控訴人が物上保証人のようになっているが、実質的には控訴人も共同の借主であったもので、控訴人が本件不動産について本件根抵当権を設定したのは、控訴人が企画した会社設立のための自己負担金一〇〇〇万円を捻出するために自己の債務の担保として本件不動産を提供した関係であり、被控訴人からの委託によるものではない。

なお、被控訴人所有の前記宅地についても、神戸地方裁判所社支部昭和五六年(ケ)第八一号不動産競売事件により競売され、その代金七二〇万二〇〇〇円の全額が保証協会に配当された。

2  民法第四六〇条の事前求償権は保証人について定められたものであって、物上保証人については認められない。

すなわち、民法第三五一条は「他人ノ債務ヲ担保スル為メ質権ヲ設定シタル者カ其債務ヲ弁済シ又ハ質権ノ実行ニ因リテ質物ノ所有権ヲ失ヒタルトキハ保証債務ニ関スル規定ニ従ヒ債務者ニ対シテ求償権ヲ有ス」と規定して、債務の弁済又は質権の実行による質物の所有権喪失をもって物上保証人としての質権設定者が求償権を取得する要件とし、この規定が抵当権に準用されている(同法第三七二条)のであるから、物上保証人が事前求償権を有しないことは規定上明確である。実質的にも、保証の場合の事前求償は求償すべき範囲が明確であるのに対し、物上保証の場合には担保物件の価額が明確でない上、そもそも質物の所有権が喪失されるか否かも判然としないため、事前に求償すべき範囲が明確とならないから、物上保証人に事前求償権を認める余地はない。

3  被控訴人が、控訴人の前記のような誘いと懇請により控訴人との共同事業としての会社設立を承諾したため、被控訴人の営業全部を基礎として昭和五四年四月に協友建設が設立されたのであるが、控訴人の前記言辞は全く事実に反するもので、当時その勤務先を不祥事のために退職せざるを得ないような状況にあった控訴人が、無知な被控訴人をだまして会社を設立させて退職後の自己の収入の確保を図るとともに、会社の乗っ取りを策し、経営がうまくいかないときにはその損失を全部被控訴人に負担させる計画の下に被控訴人に共同事業の話を持ちかけたもので、控訴人には真剣に被控訴人と共同事業を営む意思はなかった。そのため、被控訴人の必死の経営努力にもかかわらず、協友建設は倒産し、被控訴人はそれまで有していた資産をすべて失うに至ったのである。

被控訴人は控訴人の右詐欺行為ともいうべき不法行為によって、経済的損失を被るとともに、多大の精神的苦痛を被ったが、右苦痛の慰藉料は一〇〇〇万円を下回らない。

よって、被控訴人は、控訴人の本訴請求が認容されるときには、これと被控訴人の右慰藉料債権とを対当額で相殺する。

(被控訴人の主張に対する控訴人の答弁)

被控訴人の主張のうち、協友建設が昭和五四年三月三〇日に設立されたことは認め、その余の事実は否認する。

協友建設設立の話は被控訴人が控訴人に勧めたもので、控訴人が持ちかけたものではないし、協友建設の資本金一〇〇〇万円は控訴人が都合をつけてきた見せ金によってまかなわれたもので、被控訴人がそのために一〇〇〇万円の出資をした事実はない。

また、本件根抵当権の設定は昭和五三年七月であって、協友建設が設立されたのはその後約八か月経過してからであるから、本件根抵当権の設定が協友建設の設立のための資金調達のためであるとの被控訴人の主張は全く事実に反する。本件根抵当権の設定は、控訴人が、昭和五三年七月に、被控訴人からの委託に基づき、被控訴人がそれまでの兵庫相互銀行に対する借入債務を精算して、保証協会の保証を得て同銀行から新規借入をするためになされたものである。

更に、協友建設の経営は被控訴人が主導していたものであるから、その倒産は被控訴人の責に帰すべき事由に基づくものであって、控訴人に責任はない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  本件訴訟は、控訴人は被控訴人の委託に基づき控訴人所有の本件不動産について被控訴人の債務を担保するための本件根抵当権を設定したが、本件根抵当権の被担保債務の弁済期が既に到来しているのに被控訴人がその支払を遅滞しているとして、控訴人が被控訴人に対し被担保債務の一部に相当する金員の事前求償を訴求するものであって、債務者の債務を担保するために債務者の委託により自己所有の不動産に抵当権を設定した物上保証人が、保証人と同様に、既に債務が履行期にあるときは予め求償権を行使することができることを前提とするものである。

しかし、当裁判所は、債務者から委託を受けた物上保証人であっても、民法の規定に基づいて債務者に対し予め求償権を行使することはできないと考えるものであって、その理由は以下のとおりである。

1  主たる債務者から委託を受けて保証した保証人(以下「受託保証人」という。)は、弁済その他自己の出捐をもって主たる債務を消滅させるべき行為(以下「免責行為」という。)をした場合には、主たる債務者に対し同法第四五九条一項後段の規定に基づく求償権(以下「事後求償権」という。)を取得するのであるが、免責行為をする以前においても、同項前段所定の事由若しくは同法第四六〇条各号所定の事由が発生した場合には主たる債務者に対する求償権(以下「事前求償権」という。)を取得することは民法の右各法条の明定するところである。

これに対し、物上保証人たる抵当権設定者の債務者に対する求償権については、民法第三七二条が物上保証人たる質権設定者の債務者に対する求償権に関する同法第三五一条の規定を準用するものと定めている外には、民法上これに関する明文の規定はない。

そこで、まず民法第三五一条をみると、同条は、物上保証人たる質権設定者が債務者に対し求償権を取得するのは「他人ノ債務ヲ担保スル為メ質権ヲ設定シタル者カ其債務ヲ弁済シ又ハ質権ノ実行ニ因リテ質物ノ所有権ヲ失ヒタルトキ」と規定しているのであるから、同条に基づく求償権が、物上保証人たる質権設定者が免責行為をした場合に発生する求償権、すなわち事後求償権であることはその文言上明らかであって、同条が物上保証人たる質権設定者に債務者に対する事前求償権を認める規定であると解する余地はない(このことは、保証人の主たる債務者に対する事後求償権の発生要件を定めた規定である民法第四五九条第一項後段及び第四六二条第一項が、保証人が主たる債務者に対して事後求償権を取得するのは保証人が「主タル債務者ニ代ハリテ弁済ヲ為シ其他自己ノ出捐ヲ以テ債務ヲ消滅セシムヘキ行為ヲ為シタルトキ」あるいは「債務ヲ弁済シ其他自己ノ出捐ヲ以テ主タル債務者ニ其債務ヲ免レシメタルトキ」と規定して、保証人による免責行為の存在を要件としていることと対比しても明らかである。)。もっとも、民法第三五一条は物上保証人たる質権設定者は「保証債務ニ関スル規定ニ従ヒ債務者ニ対シ求償権ヲ有ス」と規定するのみで、事前求償に関する同法第四五九条第一項前段及び第四六〇条を明示的には除外していないので、あるいはこのことを根拠として保証人の主たる債務者に対する求償に関する民法の規定は事前求償に関する右条項を含めてその全部が準用されるとの見解も考えられないでないが、右見解は求償権の発生を物上保証人たる質権設定者による免責行為の存在にかからせている同法第三五一条の明文に反するのみならず、同条中の「保証債務ニ関スル規定ニ従ヒ」とは、保証人の主たる債務者に対する求償権の範囲が委託を受けて保証をした場合とそうでない場合とでは異なることに対応して、物上保証人たる質権設定者の債務者に対する求償権の範囲についても、委託を受けて物上保証した場合とそうでない場合との区別に従って保証人の主たる債務者に対する求償権の範囲に関する規定を適用する(すなわち、委託を受けた物上保証人の求償権の範囲については同法第四五九条第二項を適用し、委託を受けない物上保証人の求償権の範囲については同法第四六二条第一項又は第二項を適用する。)ことを定めたに過ぎないものと解されるのであって、同条が事前求償権に関する前記各条項を明示的に除外していないことは物上保証人たる質権設定者について債務者に対する事前求償権を認める根拠となるものではないから、右見解は採用できない。

そして、民法第三五一条を準用する同法第三七二条について同法第三五一条と別異に解すべき理由はないから、同法第三七二条は物上保証人たる抵当権設定者の債務者に対する求償権として事後求償権のみを認める規定であって、事前求償権を認める規定ではないというべきであり、民法は、抵当権の設定が債務者の委託に基づくものであると否とを問わず、物上保証人たる抵当権設定者の債務者に対する事前求償権に関する格別の規定は設けていないという外ない。

2  そこで、民法が債務者の委託を受けた物上保証人について、事前求償権に関する規定を設けなかった理由を考えるに、まず、受託保証人と主たる債務者間の法律関係は、受託保証人が主たる債務者からの委託により債権者との間に保証契約を締結するとともに、主たる債務者が債務を履行しない場合には保証契約に基づいて負担した保証債務を履行する責めに任ずること(その履行によって、主たる債務者の債務が消滅することはいうまでもない。)を内容とする委任契約関係であって、受託保証人のする保証債務の履行は右委任契約に基づく委任事務の処理に外ならないから、受託保証人は委任に関する民法第六四九条により主たる債務者に対しそのために必要な費用の前払を請求することができる筋合いではある。しかし、受託保証人が保証債務の履行に必要な費用の前払を常に主たる債務者に対して請求できるとすれば、受託保証人が保証を引受けることによって主たる債務者に信用を供与しようとする保証本来の趣旨を無意味にし、保証の委託に関する当事者の意思にも反する結果となるため、民法は、保証の委任については同条を適用しないこととした上、同法第四五九条第一項前段及び第四六〇条各号所定の場合に限って例外的に保証人に事前求償権を認めることとしているのである。

そして、物上保証の場合も、仮に物上保証人が債権者の担保実行により将来喪失するであろう担保物の価額の事前求償を認めるとすれば、担保物の提供によって債務者に資金調達の利便を与えようとする物上保証本来の趣旨を失わせ、当事者の意思にも合致しない結果を生ずる点においては、保証の場合と同様であるから、民法第三五一条及びこれを準用する同法第三七二条は物上保証人の求償権について、委任の規定を準用せずに、保証の規定を準用しているのであって、右各条は、保証におけると同様に、物上保証人の求償権については委任の規定の適用を排除する法意を含むものと解される。

ところで、前記の例外的な場合に限ってであるとはいえ、民法が受託保証人に事前求償権を認めたのは、そもそも保証人が直接債権者に対して債務を負担し、終局的にはその一般財産による無限責任を負うものであり、かつ、受託保証人のする保証債務の履行は主たる債務者から委任されて保証したことによる委任事務の処理の一内容であって、そのために要する費用が委任事務処理費用としての性質を有するからに外ならないと考えられる。

ところが、物上保証人は、保証人とは異なり、その所有する財産上にいわゆる物的有限責任を負担するに過ぎないのであって、債権者に対し自ら債務を負担するものではなく、債権者から直接債務の弁済を請求される立場にはないのであるから、債務者の委託による物上保証の場合も、その委託の趣旨には物上保証人が債権者に対し債務弁済等による免責行為をすることは含まれていないのである。従って、委託による物上保証人が債務弁済等の免責行為をしたとしても、右免責行為は、委任事務とは別個に、弁済について正当な利益を有する第三者として任意にしたものという外はなく、これによって委任事務処理費用が生ずることはないというべきである。

そして、民法は、保証と物上保証との間には右のような差異があるところから、物上保証人については、同法第三五一条及び第三七二条において保証人の事後求償権に関する規定のみを準用し、事前求償権に関する規定を準用しなかったものと解されるのであって、民法は物上保証人には事前求償権を認めないこととしているものという外はない。

二  そうすると、控訴人の本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないこととなり、これを棄却した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 長門栄吉)

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